復活について

 直前の記事でも申し上げましたが、8月10日の福嶋揚氏主催のセミナーの意見交換の中で、キリスト者は一体、どうして復活を信じられるのか、信じられない!という趣旨の発言がありました。  この点については、すでに星の数ほどの証がなされているはずであり、今更、私如きが贅言を加えるまでもないとは思いますが、ここは私自身の理解の整理のために愚考するところを申し上げてみたいと思います。 1 普通の…

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新たな群れを生み出す

 さる8月10日、福嶋揚氏主催のセミナーに出席したら、意見交換の中で新約聖書の記事の史的信憑性を巡る発言がなされました。  すなわち、弟子たちに受難と復活を預言したイエスの発言は、後世のでっち上げとすることが定説である、との議論です。  そのやりとりをきっかけに思うところあり、まずは聖書の史的信憑性について、次に、その伝道的な意義について愚考するところを申し上げます。 *もう一つ、…

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「律法学者」という誤訳?!

 聖書にたびたび登場する「律法学者」という言葉が誤訳だなんて、疑ったことすらありませんでした。  だから、律法学者が一定の社会的なグループとして存在するからには、イエスやパウロの時代のエルサレムには、今日のイスラム世界におけるマドラサのような、教典を講じ、学ぶ学校があったにちがいない、そしてその教師が律法学者であり、星雲の志を抱く若き学生がパウロであったにちがいない、とずっと思っていました…

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教会学校の説教を考える

 教会学校の中高科で説教奉仕にお用いいただいて何年にもなります。  大体、半年に2回か3回の奉仕ですが、何回やっても納得のいくお話しができません。  その理由をいくつか考えてみます。 理由1 説教時間の制約  多くの教会学校の奉仕者の実感からいうと、幼稚児や小学生はもとより、中高生を相手にするときでさえ、お説教はせいぜい15分が限界、できれば10分くらいに収めた方がいいようで…

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希望とはなにか~7月14日CS中高科説教原稿

【使徒言行録 8章4~8節】 交読詩編 146 4さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。 5フィリポはサマリアの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えた。 6群衆は、フィリポの行うしるしを見聞きしていたので、こぞってその話に聞き入った。 7実際、汚れた霊に取りつかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫びながら出て行き、多くの中風患者や足の不自由な人もいやしてもらった。…

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ドゥルシラ・コーネル「”理想”を擁護する」をお読みください

 アマルティア・センの「正義のアイデア」の中で言及があったので、図書館から借りて読みました。  具体的な結論があるのではありません、しかし、ヒントがたくさんある、という意味ではぜひ多くの方にお読みいただきたいと思いました。  第1章と第2章は湾岸戦争、9・11、イラク戦争という時代に正戦論、つまり正義の戦争 Just Warを主張する人々への反論。  それまで、左派リベラルとし…

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大量消費社会と聖書

 新改訳のエゼキエル書8:3で「ねたみを引き起こすねたみの偶像」という言葉に出会ってハッとしました。 1 訳語の検討  この「ねたみ」の語を新共同訳は「激怒を起こさせる像」と訳しています。  察するところ、翻訳に携わった神学者の先生方は神学のことしか知らないままに、分かりやすい訳語を求めてこのように訳されたのだと思います。  しかし、です。  たとえば「welfare ec…

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