家庭礼拝の誕生


 フィリップ・アリエスの「<子ども>の誕生」を数十年ぶりに読み返しました。

 こんなに面白い話が満載だったっけ、と思いながら読んでいたら、第3部、336ページあたりから家庭礼拝の歴史が出てきたのでご紹介します。

 この本は、15~17世紀において、子どもと大人が社会的に分離していき、現代のような家庭が誕生する経緯を研究している本ですが、その中で15世紀頃から最年少の子どもが食前と食後の祈りを捧げるよう進める書物が現れる、とのことなのです。

 そして、16世紀になると、家族の中で子どもが祈りを捧げる食卓の絵画が見られるようになってくるとともに、人々の子どもと家庭に対する意識が変化してきた、としてアリエスは以下のように述べています。

「この画題が好んで描かれたのは、 かつては平凡なことであったこの祈りに、人びとが新しい意味をみとめていたからなのである。図像記述上のテーマは、信仰心、子供期の意識(最年少の子供)、家族意識(食卓での集まり)という三つの情念の力を喚起して一つの統合体にまとめあげていた。食前の祈りは、いわゆる家族礼拝のモデルになっているのである。それ以前には私的な礼拝というものは存在しなかった。」前掲書337ページ

 アリエスのいうとおり、16世紀以前には私的な礼拝は存在しなかった、というのはある意味、衝撃的ではあるけれど、本書を始め、中世史についての本を何冊か読むと首肯せざるを得ないところだと思います。

 しかし、さらに面白いのは、こうやって家庭礼拝が定着するにつれて、公的礼拝の地位が低下したという指摘です。

「フランスでは、ことにナントの勅令の廃止の後、家庭礼拝は公的礼拝に置き替えられたのであるが、家庭礼拝の自由が戻った後でさえも、十八世紀末の牧師たちは、家庭内での礼拝で充足することに慣れてしまった信者たちを公的礼拝に連れ戻すのに、困惑をおぼえたほどであった。(略)恐らくカトリックの家庭でもこれとほぼ平行した変革をたどり、そこでもまた公的でもなく全く個人的というわけでもない信仰心、すなわち家族的信仰心の必要性が体験されたことであろう。」前掲書338ページ

 ちょっと文意が取りにくいのでネットで、フランス史を調べたんですが・・・
1598年 ナントの勅令によりプロテスタントへの迫害が終熄
1685年 ナントの王令の廃止にによりプロテスタントへの迫害が再燃、多くのプロテスタントが他国へ移住
1789年 フランス革命によりプロテスタントへの迫害が終熄
1802年 カトリックに加えてプロテスタントとユダヤ教も国教とし、「公認宗教制」へ
・・・ということのようなのです。

 だからプロテスタントの「家庭礼拝は公的礼拝に置き替えられた」というのは1685年以降の迫害による措置であり、カソリックの公的礼拝しか出来なかった約100年の後、1789年以降「家庭礼拝の自由が戻った」のは良いけれど、いざプロテスタントの公的礼拝が始まっみたら、「公的礼拝に連れ戻すのに、困惑をおぼえた」、つまり思ったほど公的礼拝に帰ってきてくれなかった、と言うことのようです。

 そして、「恐らくカトリックの家庭でもこれとほぼ平行した変革をたどり」とある点も興味深いところです。

 伝道における家庭伝道の位置づけを考える上で、興味深い歴史記述だと思います。

〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 - フィリップ・アリエス, 杉山 光信, 杉山 恵美子
〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 - フィリップ・アリエス, 杉山 光信, 杉山 恵美子


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