ラーメンという文化


1 昔ながらの札幌ラーメン

 札幌に行ったら、昔ながらの札幌のラーメンを食べたいのです。
 では、札幌のどこに行ったらそういうラーメンが食べられるか。
 実は、先週の土曜日に法事のために札幌へ行った際、新札幌駅で乗り換えるついでに、駅ビルに入っている「龍竜」さんで味噌ラーメンをすすっていたら、あぁ、ホンモノの昔ながらの札幌ラーメンの味、としみじみ感動したのでした。

「龍竜」さんのラーメン

 そして、カウンターで一人ラーメンを賞味しながら、テーブル席には家族連れ、小さな子供連れのご家族が多いことに気がついたときに、札幌ラーメンとはなにか、ということに気がついたのです。

 実は、札幌の中心部、地元の人たちが「マチ」とよぶ地域では、「龍竜」さんのような札幌の住宅地のラーメン屋さんでいただけるようなラーメンは食べられません。
 もう少し具体的にいうなら、札幌駅や大通り周辺、狸小路や薄野、ましてや新千歳空港のラーメン屋さんは、内地からの観光客をお迎えするためのお店なので、札幌の地元の人たちを客層にした札幌ラーメンの味を楽しむことは出来ません。
 逆に、「龍竜」さんや、宮の沢駅の近くの「いちまる」さん、あるいは、発寒南駅近くの「なると」さんなどなど、住宅地に点在する多くのラーメン屋さんでは、各店がそれぞれの個性を追求しながらも、昔ながらの札幌ラーメンを食べられるのです。

 その背後には、各店の商圏が一定程度、重複し競合しながらも、その地域の人口や可処分所得の総計、そしてそのうちラーメンに費やされる比率に均衡するような形で、お店が分布し、また、経営が為されているからだろうと思うのです(もちろん札幌っ子がラーメン大好きって事も大事ですね)。
 だから、まず誰よりも地元の人たちに愛されるラーメンを作ることが経営を安定させるうえで重要になるでしょうし、逆に過激にお店ごとの個性を追求することはリスクになるのだろう思います。
 新札幌の「龍竜」さんのように、地元のラーメン屋さんに、お爺さんからお孫さんまで、家族でお客さんが訪れるのは、昔からなじんだ味のラーメンをみんなで食べに来るのであって、お店ごとにスープや、麺、トッピングなど重点の違いはあるにしても、他のお店と大きく異なる味のラーメンを提供したら、あそこの店は若い人向けね、ということになって、リピーターを得られないでしょう。
 だからこそ、逆に薄野や狸小路のような、観光客がたくさん訪れる、客単価の高いお店ならば、リスクを冒してでも一見さんを引きつけるような強い個性を主張したラーメンを提供できるのでしょうし、それだけ地元の人たちのなじんだ味からは遠く離れていく、と言うことだと思います。

2 横浜の家系ラーメンとはなにか

 そこで興味深いのは横浜の家系ラーメンです。
 このラーメンは、札幌のそれのように、地元の気候風土や食材と伝統に支えられ育て上げられたラーメンではありません。
 一人の優れた料理人の創意と努力の結晶として生まれた新しいラーメンであり、後継者やエピゴーネンによって広まったものです。
 関東の人たちにとってはいわゆる醤油系のシナそばこそが地元密着のラーメンであったようですが、昭和チックなマチの中華屋さんがだんだんと閉店していく中で、そうしたラーメンをいただく機会は減りつつあります。
 そして、そうした需要の空隙を埋めるのは新たなタイプの、強い個性と主張を売り物にしたラーメンであり、その代表格が家系ラーメンや池袋生まれのつけ麺である、という事だと思います。

 実は、我が家の近くに「金八家」さんという家系ラーメンの有名店があります。
 大変な人気のお店で、時分時になると長い行列が出来るのですが、外からのぞき込んだ限りではカウンター席しかないお店で、お客さんは一人、またはせいぜいカップルという感じで、札幌の住宅地のラーメン屋さんとは明らかに客層が違います。
 おそらく、その違いは、ひとつには家賃によるのかもしれません。
 横浜の外れとはいえ札幌に比べると遙かに高い家賃を払っているはずであり、それどころか敷金や保証金などの初期費用も、おそらく僕らが聞くとビックリするような金額を払っているはずです。
 そういう経済環境の中でお店を開いたら、当然、初期費用にかかる金利負担を嫌って早期に回収したいのは経営者としては当然のことであり、おのずと個性と主張の強いお店作りを目指すことになるのは、素直に首肯できる話です。

 しかし、それでは老いも若きも喜んで賞味している札幌の地元のラーメン屋さんのような味を提供することは難しいでしょうし、私自身、「金八家」さんには開店当時に一度入ったきりで、その後、一度も行ったことがありません。

3 ラーメン屋さんは誰のためのものか

 札幌のラーメン屋さんも関東の個性的なラーメン屋さんも、また、ラーメンを愛する私たちもあまり意識していない、盲点があるのかもしれません。
 つまり、ラーメンはそれぞれの地域の文化的な財産であり、それゆえ地元の人たちが守り続け、継承していきたい大切なものである、ということです。
 札幌には札幌の、博多には博多の、関東には関東のラーメンがある、そのことには理由と意味があるということなのでしょう。
 そして、そのことから私たちはさらに多くの事を学び取ることが出来るのかもしれません。
 そうした教訓の中でも、おそらく、最大のものは自分の繁栄よりも地域全体の伝統と未来を追求することの大切さなのでしょう。


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