H.ベルクソン「宗教と道徳の二つの源泉」をお奨めします


 H.ベルクソンの「宗教と道徳の二つの源泉」を読みました。
 すべてのクリスチャンにお奨めしたいという趣旨で以下の記事を書きます。
 どうぞお付き合い下さい。


1 驚くべき先見性

 実は、この本、30数年前の学生時代に中公世界の名著の一冊として読んだことがありました。
 その時にも魅力的な本だとは思ったのです。
 しかし、このたび読み返して、その時の理解不足を痛感すると共に、その先見性に驚かされました。
 もっとも驚いたのは、本書P429(ちくま学芸文庫版、以下同じ)の以下の言葉。
「重さのある物質の最小の一片に濃縮された力を科学が解放できるようになるとき、この力能は制限なきものとなるだろう。」
 本書解説P446によるとマリー・キュリーとも交際があったとのことであり、この言葉が原子力の破滅的エネルギーに言及していることは確実ですが、今回の再読でそのことに気がついて心底、昔日の不明を恥じる思いをしました。
 また、戦前の日本における天皇制にも触れており(P260)、直接的な言及ではありませんが、偶像崇拝=静的宗教=現人神信仰=作話行為=作り話(でっち上げ)というという説明をしていたことも、思わず膝を打つ思いでした。
 もちろん、1932年公刊で約100年前の本ですから、すっかりセピア色になってしまった部分もたくさんあるのですが、それでもなお、第1次大戦の惨禍を見据えながら、忍び寄る第2次世界大戦のさらなる悲惨を予見していた彼が、今日、国際法を無視した各国の独善とその傍らで進展する環境破壊というさらなる危機に直面しつつある私たちと問題意識を共有していることを発見したのです。


2 偶像崇拝と終末待望

 本書は、この手の書物としては読みやすい部類だと思いますし、今回読んだちくま学芸文庫版には、巻末にとても分かりやすい解説もついています。
 だから、本書の粗々についてはそちらを参照していただくこととして、私からはクリスチャンとしての感想を以下に述べたいと思います(ちなみに、本書を手にする方には、いきなり本文に取り組む前に、この解説を読んでから、というのもお奨めです)。
 今回の再読の方が、最初の時よりも発見の多い体験になった背景には私自身がクリスチャンになって、キリスト教についての理解と知識が、僅かながらも増えていたせいだと思います。
 例えば、キリスト教的な理解にたつなら、ベルクソンの言う「静的宗教」は偶像崇拝であり、「動的宗教」がキリスト教であることは明らかです。
 そして、そのような理解にたてば、偶像崇拝の神を生み出す社会的機序として「作話行為」とベルクソンが言うときには、それは真理の追究ではなく、稀少性や欲望、時には恐怖や不安を喚起することによって人々を誘惑する「作り話」の力、あるいは「神話」であると、理解出来ます(この「作り話」についてはボードリヤールの「大量消費社会の神話と構造」を併せて参照していただきたいと思います)。
 そして、恐らく若いときの私や、今からこの本を手に取る人々を最も困惑させるだろう「神秘主義」という言葉の中に、肯定的な意義を読み取るためにはキリスト教の信仰が必要になるでしょう。
 つまり、クリスチャンにとっては、現に目に見えている世界を超えて存在する神から贈られるもの、来たるべき神の子、神からの聖霊や啓示などの、様々な希望を指し示す言葉として理解することができるからです。
 しかし、クリスチャンでなければ、この本の意義を知り、共感できない、という事では決してありません。
 むしろ、ベルクソンはそのように受け止められることを避けるために、あえてキリスト教を前面に出すことをしていないのでしょう。
 ならば、あらためて「神秘主義」をどう理解すれば良いのでしょうか。
 それは、例えば、過去の人類の歴史に幾度も出現した不連続な瞬間が、これからも訪れるだろう、そして、世界が自らを縊り殺すことを望まない以上、必ずや救いと修復、癒やしへと人々を導く不連続を作り出す人物が生まれるに違いない、そういう理解だと思います。
 具体的には、上に引用した本書P429のすぐ後に、やがて「英雄」が現れると述べているのは、そういうことだと思います。
 ただし、彼は同時に、その英雄が再来のキリストであり、その訪れの時は終末の時かもしれない、とも思っていたはずです。
 むしろ、彼がキリスト教を前面に出さずに議論を進めたのは、キリスト教的な愛に溢れた英雄、ただし、終末の主ではない方が現れるという予測と、あるいは、終末の主こそ英雄であり、愛そのものとして現れるという予測との間で、揺れていたのかもしれません。
 しかし、いずれの人物であろうとも、そのような人物が現れることをベルクソンは確信し、恐れかしこみつつ待ち望んでいたのだということを発見したことが、今回の再読の最大の収穫でした。
道徳と宗教の二つの源泉 (ちくま学芸文庫)
道徳と宗教の二つの源泉 (ちくま学芸文庫)


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