ルーサー・ブリセット「Q」を読みました

 ルーサー・ブリセットの「Q」は、基本的にはエンターテインメント作品で、R18的描写も若干、散見されますが、時代考証は非常に正確で、極めて上質な作品です。

 もし、あなたが18歳以上なら一読に値する作品です。また、塩野七生さんの本がお好きな人なら、きっと楽しめると思います。

 ネタバレにならない程度に、あらすじを述べるなら、・・・

 小説の幕開けは1518年のヴィッテンブルグ大学の中庭です。

 続く第1部の舞台は、トマス・ミュンツァー率いる農民戦争の戦場、フランケンハウゼン。

 第2部の前半は、再洗礼派の反乱都市ミュンスター、後半は再洗礼派の残党が潜伏した当時の西欧第一の商業都市アントウェルペンが舞台。

 そして第3部は、教皇選挙を巡る裏工作が交錯するヴェネツイアを舞台として物語は大詰めへ・・・という内容です。

 クリスチャンとしては、農民戦争を攻撃・鎮圧した新教領主をルターが支持した史実や、幼児洗礼を否定した再洗礼派を新旧両派が弾圧した史実を、下手な大河ドラマよりもドラマチックに描き出されると、考え込まざるを得ない内容でした。

 もちろん、ルターが「論題」を掲示する遙か以前から、法王庁を含む世俗権力者と神の主権の紐帯は失われていたことは事実です。

 しかし、ルターが行為義認を否定して信仰義認を訴えたことの反射的効果として、神の主権による世俗権力とその暴力の直接的な規制の放棄に至ったことは事実だったと言わざるを得ないでしょう。

 今、教団の中には様々な社会問題に取り組む委員会が乱立していますが、それは信仰義認の立場とどう整合するのか疑問を覚えると同時に、日本の信徒の多くが幼児洗礼を受けていない、再洗礼派に近い信仰の持ち主が多いはずと考えると、逆に納得できる話なのかもしれません。

 そのような教団の現状に加えて、今の我が国が戦争責任を曖昧にしたまま、戦争加害者としての悔い改めから遠ざかりつつあることを視野に入れるなら、私たちの教会も信仰義認に伴う負の遺産を正視しない限り、一致した伝道に取り組むことが出来ないのかもしれない、と感じました。



Q 上
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