変えてはいけない~「ニーバーの祈り」について

 ニーバーの祈り、といわれる以下のような有名な祈りがあります。(Wikiより引用)  「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。   変えるべきものを変える勇気を、   そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。」  とても心に沁みる祈りですが、その一方でいわく言い…
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「お互いさま」「今のままでいい」への転換

 ルイ・デュモンの「ホモ・ヒエラルキクス」を読みました。  以下に私なりの本書の理解を述べた上で、今の日本の教会における伝道について述べてみたいと思います。 1 発展史観と復元史観  本書は、基本的にはインドのカーストを論ずる本ですが、彼の問題意識は近代西欧社会が「ヒエラルキー」を無前提に社会悪と評価する結果、その…
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憂鬱な話

 先日、ある会合で、あちこちの労働裁判を何年も戦っている人たちのアピールを伺いました。  労働者の基本的人権の侵害、という言葉が何度も語られました。  神を失い、偶像崇拝をも失った人たちは、自分を拝むしかないんだなぁ、とふと思って、考え込んでしまいました。  戦後に偶像崇拝の悪夢から目覚めた人たちは教会に殺到しました。…
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「出エジプトの民とは誰か」CS中高科説教(2018年9月9日)

今日のお話のテーマは、出エジプトの民とは私たちのことだ、ということです。 1 今日の日本で「追い使われる」者とは  さて、毎月末になると完全失業者が何万人、失業率は何パーセントというニュースが流れるのを皆さんは聞いたことがあると思います。  この数字の出典は労働力調査という総務省の統計調査で、昭和21年から行な…
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三位一体の視覚的イメージについて

 イエス様は、福音書の中で受難と復活を繰り返し予告されています。  しかし、受難を予告すること、と、復活を予告することは全く違うことだと思います。  受難の予告とは、イエス様の意思と主体性において選択した死に様の予告です。  しかし、復活の予告とは、父なる神さまの約束の伝達です。  端的に言うと、受難の予…
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キリスト教は「一神教」ではありません

 先日の夕方、放送大学の「国際理解のために」という番組を何気なく聴いていたら、高橋和雄さんという先生が「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はみな、一神教」ですと説明していました。  こういう誤解は、世間に広く流布されているし、分かりやすさのためには多少、雑なお話も仕方ないよねぇ、とも思いつつ、放送大学の先生のご発言でもあり、一言、訂…
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「現人神に捧げられた焼き尽くす捧げ物」広島・長崎

 「性からみた核の終焉」ブライアン・イーズリー著(里深文彦監修 相良邦夫・戸田清訳 新評論刊 原著は1983年)は、男性原理による女性原理の抑圧という視点から核兵器開発の歴史を検討する著作で、著者自身の物理学者という知見を生かした丁寧な叙述が魅力的な一冊です。  特に、その第3章はナチス・ドイツが降伏し、戦後処理が国際政治の主…
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