クリスチャンの倫理的責任について(中間的とりまとめ)

 自分の中でどうしても気になっていることがある。  ただ、現時点ではまだまだ生煮えであって、L.デュモンの「個人主義」に関する論考、M.ウェーバーの古典的著作などをもう少し勉強した上でなければ、結論には至らないと思っている。  しかし、モヤモヤしているモノをこの時点で少し書き出してみて、今後の勉強に集中できるようにしたい…
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東京神学大学に文句を言うための手持ち原稿

 東京神学大学の後援会担当をするように先生に言われて、献金を集める程度のささやかご奉仕をしています。  年に1回、後援会の集まりに行くと、生徒が集まらないというお話と献金をお願いするお話が毎年の主たる話題です。  もちろん、献金をささげるのは当然のことなので、謹んでお話を伺いますが、生徒が集まらない、という件は、最近、疑問を…
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フィリピ1:9~10で「啓示」をたずねる

 新共同訳のフィリピの信徒への手紙 1章 9節から10節にかけて、次のようなセンテンスがあります。  「知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、 本当に重要なことを見分けられるように。」  この言葉、よくよく考えたら、ちょっと変な感じなのです。  「知る力と見抜く力とを身に着け」るということ…
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ヨハネ福音書12:12黙想

 表題の聖書箇所はギリシャ人がイエス様に面会を申し込んだ、という記事です。  しかし、聖書はわざわざ「ガリラヤのベトサイダ出身の」フィリポに申し込んだ、と断っています。  しかも、フィリポは同じ町出身で、一番弟子であるペテロの兄弟のアンデレに相談したうえで、その面会申し込みをイエス様に取り次ぎます。  なぜ、ギリシ…
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変えてはいけない~「ニーバーの祈り」について

 ニーバーの祈り、といわれる以下のような有名な祈りがあります。(Wikiより引用)  「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。   変えるべきものを変える勇気を、   そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。」  とても心に沁みる祈りですが、その一方でいわく言い…
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「お互いさま」「今のままでいい」への転換

 ルイ・デュモンの「ホモ・ヒエラルキクス」を読みました。  以下に私なりの本書の理解を述べた上で、今の日本の教会における伝道について述べてみたいと思います。 1 発展史観と復元史観  本書は、基本的にはインドのカーストを論ずる本ですが、彼の問題意識は近代西欧社会が「ヒエラルキー」を無前提に社会悪と評価する結果、その…
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憂鬱な話

 先日、ある会合で、あちこちの労働裁判を何年も戦っている人たちのアピールを伺いました。  労働者の基本的人権の侵害、という言葉が何度も語られました。  神を失い、偶像崇拝をも失った人たちは、自分を拝むしかないんだなぁ、とふと思って、考え込んでしまいました。  戦後に偶像崇拝の悪夢から目覚めた人たちは教会に殺到しました。…
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