赤ん坊が世界を変える(2019年12月15日 CS中高科奨励原稿)


 今朝も例によって、一言だけ覚えて帰ろう!シリーズでお話ししたいと思います。
 今朝の一言はルカによる福音書1章31節「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」という言葉です。

 この言葉は、貧しい娘マリアが産んだイエスという赤ん坊が世界と歴史を塗り替えると宣言する言葉ですが、今朝は、妊娠出産の歴史についてのお話しから始めようと思います。

 実は、20世紀の半ば以降、歴史学の大きな進歩があって、今では、図書館に行けば、妊娠、出産の歴史についてのたくさんの本を簡単に手に取ることができるようになっています。
 そういう本を読むと、イエス様の時代も含めて18世紀くらいまでは、とにかくみんな貧しくて、女性も過酷な労働を強いられていたために、月経が不規則だった人も多かったようです。*
 そのような中で、あるとき、だんだんと体調に変化が訪れて、やがてお腹を蹴る存在に気がついて始めて自分の中に赤ん坊がいる、と気がつくのが普通だったようで、いわゆる十月十日(とつきとおか)というのも、けして常識ではなかった、ということです。
 また、例えば、チーズを作るときには牛乳に、レンネット、動物の胃液を加えると固まっていくということが知られていましたので、女性の妊娠もそういう現象になぞらえて理解されていて、その他の病気との違いも曖昧だったようです。
 だから、女性が聖霊によって身ごもるということは、今日の私達の理解ほど、超自然的で、荒唐無稽なこと、とは受け止められていなかった、と言うことです。
 それゆえに、というべきか、中世のヨーロッパにおいては悪魔の子供を産んだという犯罪を認定して女性を火あぶりにしたという裁判記録も多数残されています。

 もちろん、今日では妊娠、出産のプロセスについては分子レベルで知られていて、そういう科学と技術によって多くのお母さんや赤ちゃんの命が救われているのは、自然科学の立派な成果です。
 しかし、その一方で、世界中の広い地域で出生前診断によって性別を調べて、女の子ならば中絶するということが行われています。

 命の尊さを守る、人間の尊厳を守るという意味では、選択的な妊娠中絶も、悪魔の子供を産んだと言って火あぶりにすることも、本質的には同じ水準の行いだし、キリスト・イエスが十字架に登ったのは、人間にそんなことをさせたいからではなかったはずです。

 では、どうすれば良いのか。
 それはまだ見ぬ、22世紀の子供たち、23世紀の子供たちに何を残していくか、彼らに祝福を残していくのか、大きな借金や呪いを残していくのか、という視点で考えるべきですが、ここで詳しく述べる時間はありません。

 その代わり、先日のワールド・ビジョン・ジャパンの方のお話を思い出したいのです。
 彼らの支援は大きく三本の柱に分かれていて、一つは食糧や医薬品などの物資の提供、二つは社会的インフラ整備、と数え上げたうえで、最後にアドヴォカシーと仰ったときに、あぁ、この人たちはホンモノだな、と感じました。
 アドヴォカシーは日本語で言うと権利擁護で、最初の二つの柱のように目に見える支援ではありません。
 しかし、本当に子供の命を守ろうとするなら、その子供を取り巻く大人たちの意識を変えていく必要がある、という認識を彼らは持っている、と言うことなんだと思います。
 しかし、大人の意識を変えるために大人が意見しても、効果はありません。
 実際、彼らの組織が大きくなったのは、声の大きな大人がいたからではないはずです。
 大人を超えた大人の声が彼らの心に届き、また、彼らを通して多くの大人や子供の心に届いたからだと思います。
 その声とは、もちろん聖書の言葉を通して与えられる神の声であり、今朝は、その言葉として「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」という一言を覚えてください。
 そして、貧しい娘マリアが産んだ赤ん坊が世界と歴史を変えたように、今、この瞬間にも私達のあいだに産まれてくる赤ん坊一人一人もまた、その子の周りの世界と歴史を確実に変えていく存在なんだ、ということ、そして、私たちもその一人だ、ということも、一緒に覚えて帰ってください。

 お祈りします。

*ミレイユ・ラジェ「出産の社会史」参照
出産の社会史―まだ病院がなかったころ
出産の社会史―まだ病院がなかったころ

"赤ん坊が世界を変える(2019年12月15日 CS中高科奨励原稿)"へのコメントを書く

お名前:
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント: