紙・IT・通貨



1 イリイチのやり残したこと

 晩年のイヴァン・イリイチは、当時、本格化していたIT革命とはなにか、という疑問への答えを求めて12世紀ルネサンスの研究に向かいました。
 その成果は、1988年の「ABC」と1993年の「テクストのぶどう畑で」の2冊の著作に結実しましたが、残念ながら2002年に召天しました。

 イリイチは、12世紀後半に「紙」が普及したことが知の世界に与えた衝撃をヒントにIT革命を理解しようとしていました。
 具体的には12世紀後半に起こった、学問の細分化や、知の口頭伝承が文書による普及に変化したことの背景に「紙」の伝来と普及があったと考えていました。

 そして、イリイチが、12世紀後半の知の世界の激変の背景に、社会と経済の変動を読み込んでいたのはまちがいありません。
 具体的には、シャンパーニュの大市の成立や交換の活性化、都市の発達、商人階級の有力化とその師弟の教育への需要の高揚、聖堂付属学校の活発化と大学の成立、それらを一続きの出来事として理解していた、ということです。
 ひょっとすると、彼は、「紙」の普及が「通貨」の普及を生み出したに違いないと考え、今日のようなビットコインやFACEBOOKによるリブラすら予見していたのかもしれません。

 私がそのように考えるのは、「人類の希望――イリイチ日本で語る」(新評論、1984年)に収録されている網野善彦との対話が記憶に強く残っているからです。
 今、手元に本がないので記憶で申し上げるのですが、イリイチは網野に日本における古い文書の残存状況を尋ねているのです。
 この問いに対して網野が、室町時代の商用文書、特に土地の売買に関する文書が大量に残されていると答えると、イリイチは非常に興味深そうな受け答えをしているのです。

 そして、もしイリイチが生きていたら、そして、ビットコインやリブラなどの仮想通貨を目にしたら、12世紀おける「紙」、20世紀における「情報技術」の普及が通貨そのものを生み出していることを発見して、商人が自らの都合に合わせて通貨を作り出す様をどのように評価したでしょうか。
 少なくとも、商人たちが通貨を生み出して自由にこれを操り、権力をすら操っていたことを、20世紀の中南米における米国資本の植民地支配と戦った彼ならば、絶対に見逃しはしないでしょう。
 そして、「権力」と「資本」などという二つの主体を想定するのではなく、商人たちが社会を都合良く操るための操作盤、ハンドル(具体的には暴力装置)が権力であったと考えるだろうと思います。

 もう少し突き詰めていうなら、今問うべきは「通貨」とは何か、だと思うのです。


2 商品と物流をどうやって狩り出すか

 K.ポランニーが前近代的な社会の踏査を参照して「交換」「互酬」「再分配」の3つの経済システムを措定したことは、適切なモデル定立だったと思いますが、そのような視点を活かしていくためには近代の刻印を帯びた「国家」と「資本」という用語よりは、「権力」や「商人」のようなもう少しボンヤリした、より射程の長い用語を使いたいと思います。

 ところでブローデルは権力と商人が建前と本音を使い分けながら、互いを利用していく、生臭い関係を描いています。
 そのことを念頭に置きながら、「交換」「互酬」「再分配」の三つの経済における両者の関係を考えると以下の点に気づかされます。
 まず、「商品」とは余剰生産物ではない、ということです。
 古代の女王、卑弥呼が奴隷と繊維製品を魏の国に貢ぎ物として送ったことが歴史に残されています。奴隷は当然、繊維製品も権力が暴力を背景に社会から狩り出したものであったことは明らかです。
 また、朝貢の旅の物流に従事した労働力も、最低賃金によって雇用されたなんて考える人はいないはずで、当然、権力によって狩り出された人々だったと考えられます。
 つまり、「商品」と「物流」は「交換」や「生産」の発達によって出現したのではなく、「互酬」「再分配」の頃にも存在したと考えるべきです。
 しかし、権力が自ら社会秩序や外交を維持する働きをしつつ、商品と物流を「互酬」や「再分配」して利益を上げることは、しばしば実務的な困難に直面したはずです。
 つまり、女王卑弥呼やその官僚組織がいかに有能であっても、行政や司法事務をこなしながら商品と物流から利益を上げるためには、経済の専門家集団(我が国では戦前の企画院や今日の経産省、国際的にはEUやIMFのような)を生み出して分業することが必要になったはずである、と考えられます。
 そして、経済の専門家が権力からの分業が進んでいく中で、権力のもつ暴力装置に代わる商品と物流の徴発システムが生まれたはずであり、それが「貸し借り」を文書に記録し、流通させる「通貨」システムだったのではないか、ということです。
 そして、権力同士が「互酬」や「再分配」によって利益を分け合ったように、経済の専門家、つまり商人は、商品の物流速度や決済時期に合わせて、幾重にも重なり合った「貸し借り」の関係を創り上げて利益を上げたに違いありません。
 そして、そうした複雑な貸借の関係を記憶だけで処理できないはずはなので、時代と地域によって木簡、粘土板、パピルス、羊皮紙、紙、そしてビット列とできるだけ安価な記録媒体を模索し続けたはずであり、12世紀西欧に紙というかつてないほど安価で扱いやすい媒体が普及したときに、今日におけるIT革命にも匹敵するような、大きな社会変化が起こったはずです。
 イリイチが12世紀ルネサンスに注目したのは、まさにそのことに気づいたからだった、というのが私の推測です。


3 コミニュケーションツールとしての通貨

 ここまでの議論を少し振り返ってみます。

 ここまで「権力」という言葉を厳密に定義せずに使ってきましたが、それは権力がもっている、社会から商品と物流を狩り出す機能に注目したかったからです。
 次に「商人」という言葉も、ざっくりと使ってきました。
 それは、厳密な定義の前に、商品と物流を非暴力的に、かつ暴力よりも低コストで社会から狩り出す人々、そしてそのために貸方と借方を記録するより低コストな媒体を模索しながら通貨を作り出した人々という理解を追求したかったからです。

 ここでもう少しイメージを広げてみると、権力は基本的にはピラミッドのような形をしていて、人々はその頂点に立つことを目指している、と言うことに気がつきます。
 一方、商人は多くの場合に、市場のより広い面積を掌握したいとは思っているでしょうが、商人たちの頂点に立つことをけして願っていない点は注目すべきであると思います。

 つまり、権力は常にお山の大将を巡る暴力を背後に秘めているけれど、商人は相互に貸し借りを広げることによってより多くの商品と物流を社会から狩り出し、全体としての利益を最大化させ、リスクを減少させることを追及しているということでしょう。
 別の言い方をするなら、通貨というコミュニケーションツールを手にしたことによって、暴力によって他人を膝下に置かなくても物質的な利益を手に入れることが出来ることを商人たちは発見した、と言っても良いかもしれません。*
 どうやら、私たちは中央銀行と中央集権的国家に信用保証された通貨という近代に特殊な通貨制度に目を奪われて、それ以前、何世紀にもわたって世の中を動かしてきた、その本当の姿、あるいは可能性を見失っているということです。

*この商人の魔術をブローデルは次のように記しています。少し長いですが以下に引用します。
「貨幣がなにをもたらしたかと言えば、生活必需品の価格の唐突な変動とか、人間を取り巻くさまざまの不可解な関係とかである。すなわち人間は、それらの関係に巻き込まれるやいなや、以前からの自分自身も、自分の習慣も、自分にとっての従来の価値も、そのときにはもうわからなくなってしまった。そこでは、みずからの労働が商品となり、自分自身が《物》となったからである。」
(「物資文明・経済・資本主義 15-18世紀 Ⅰ-2」全6巻のうち第2巻 P146)



4 通貨に愛を語らせるには

 もし、通貨がコミュニケーションツールなら、話は簡単で、どうすれば愛を語らせることができるか、が問題になるはずです。
 しかし、そのために、実質的には商人の支配の元にある権力の力を借りることはできないでしょう(先進国における商人のロビー活動の影響力を思い出して下さい)。
 さりとて、通貨がもつ暴力の抑止する力を借りずに今日の社会を維持することは不可能です。

 しかし、ここで結論をあえて急ぐことはしないで置こうと思います。
 それというのも、この点について、福嶋揚氏主催のセミナーで、議論がなされる筈であるから、その点に期待したいと思います。
 福嶋氏は柄谷行人さんの理論モデルを念頭に思索を深めておられますが、私としては、今、読み進めつつあるH.ベルクソンを軸にA.セン、J.ロールズの業績を上手く戦略化できないかと考えています。

 この記事は、あくまで現状の中間報告的な内容にとどまりますが、あまり遠くない将来に、福嶋氏のセミナーの収穫も踏まえつつ、もう少しまとまった記事をアップしたいと思っています。

 どうぞ、お楽しみに!

テクストのぶどう畑で (叢書・ウニベルシタス)
テクストのぶどう畑で (叢書・ウニベルシタス)





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