レオポルド・コール「居酒屋社会の経済学」のお奨め

 原題は"The overdevelopped nations~The diseconomies of scale"。

 つまり、「過剰開発国家~規模の不経済」というのです。

 原著の出版は1974年、大部分の論文の執筆時期は1950年代と言うことで、古い本ではありながら、今日の日本のありように照らしても、なお、聞くべきところの多い本です。

 例えば以下のような論述。

 「しかし、いったん国家的な力が一定の範囲を超えて大きくなると、事態は一変する。(略)大多数の企業家たちは、私的な顧客相手ではなく社会的サービスによって所得を得るという、比較的リスクの少ない安易な方法に自らを適応させてしまって、かつてのように伝統的な私的企業経営を評価できなくなる」 P73

 この「社会的サービス」という言葉を、オリンピックに伴う大型の官公需や公共事業、原発の定期点検に伴う各種工事や部材への需要、軍需産業への需要、など、要するに国民の税金や各種公共料金を原資とする財源、と読み替えると、我が国の今日の状況を見事に解き明かしています。

 つまり、いくら市場に資金を供給しても、大企業は政府やその周辺からわいてくる資金にぶら下がっていれば、危険な新規事業に乗り出し必要はないし、だから原発は止まらないのだ、ということです。

 そして、やがて湧いてくる資金が細ってくるにつれて、東芝のように脱落してくる企業が発生してくる、と言うことかもしれません。

 著者はケインズ流の数学的な経済学でもなく、マルクス主義の計画経済でもない、なんとアリストテレスを引きながら哲学的な経済学を主張するのですが、おそらくそんな調子なので学会の傍流に飛ばされて、プエルトリコ大学で教鞭を執り、そこで若きイヴァン・イリイチに出会い、大きな影響を与えることとなります。

 「規模の不経済」という言葉は、今日では「外部不経済」という言葉に該当するものであり、残念ながら経済学者達が真剣に取り組んでいるとは思えない、とても大事な問題なはずです。

 なぜ、経済学者の取り組みが低調なのか、という点についてコールは、経済学者達が築き上げた、そして住み慣れた専門家の館の垣根を乗り越えて、哲学という広いフィールドに出て行かなければ、追求できない問題だからという趣旨のことを述べています。

 そして、その専門家たちの権益をすてて、あえて、哲学的な問題に取り組む少数の学統の古典として是非、図書館から借りて読んでみていただきたいと思います。




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