頭を冷まして「頭」を冷やす Part2 資本主義経済と物流

 資本主義経済は市場経済から立ち上がったものであるとはいえ、「頭」部分であるからには「胴体」や「足腰」なしには成り立ちません。
 つまり、物流と金融という「胴体」なしには資本主義経済は利益を上げられない、と言うことです。
 しかし、このことを裏返すと、資本主義経済が利益を上げるためには、物流と金融にかける経費を最小化し、場合によってはそこからも利益を上げる必要があると言うことになります。(注1)
 これを最近、安倍内閣があちこちでバラマイている言葉で言い換えると、「生産性向上」ということになります。
 生産性という用語を、ここで作業用に定義すると、投入する労務費を分子とし総売上を分母とする比率としておきましょう(議論を分かりやすくするために、トラックや船の購入費用や駐車場確保にかかる費用など、いわゆる固定費は計算から外しておきます)。
 この比率を高くするためには、分母を大きくするか、分子を小さくするか、の選択肢が考えられます。
 まず、分母を大きくする方を検討すると、一度に運べる分量を極大化することと言い換えられると思います。
 例えば海運を考えるとコンテナ船の導入や大型タンカーの運用など、陸運ではトラックの積載量の増加やトレーラーの高さを増すとか、連結車両数を増やすこと、などが考えられるところです。
 現実にはすでに多くの改善策が実施されていて、これ以上の改善を図るためには港湾施設のさらなる拡張や、ベイブリッジなどの橋梁の掛け替え、道路の直線化、信号の高所付け替えやアンダーパスの再整備、などの整備を進める必要があります。
 しかし、物流業界がその経費を投入することは「資本主義経済」の利益を圧迫することになりますし、「政治」にその肩代わりを求めたくても100兆円を超す借金を抱えているなかでは、まさしく「首が回らない」状況にあります。
 だから、物流の生産性を向上させるためには、分子部分、つまり賃金を圧縮するしかないのです。
 現実にも、例えば多くの大型船で自動操船が導入されて、船員の数が削減されていたり、国際線の旅客機でもオートパイロットが発達した結果、かつては航空士、航空無線士の4名1チームだったクルーが今は機長と副機長の二人になっています(離島間を運航する、いわゆるコミューター便では一人かもしれません)。
 また、トラック物流の世界を見てもかつてはトラックに脇乗の助手を乗せることも多かったのに、今では一人で運転することが当たり前になりました。
 また、賃金についても、おそらくドライバー本人の生活を維持するのが精一杯の水準まで切り下げられていると言わざるを得ません。
 さて、分母も分子も手のつけようのない水準にあるのに、さらに生産性を向上させようとしたらどうするか、というと最も簡単なのは長時間労働を強要ことです。
 つまり、ドライバーの稼働時間を長くして、トラックをできるだけ長時間稼働させ、少しでも多くの貨物や人を運ぶこと、ということになります。
 今国会に上程予定の労働基準法の改正案に盛り込まれる超過勤務の上限を100時間とする規制について、ドライバーを露骨に適用除外とした理由はそこにあるはずと考えています。(注2)
 そして、ここがまさに困ったところですが、働けば働くだけ豊かになるかというと、全然、そうはならないことです。
 私はここで物流会社に頻発している賃金(超勤手当)未払違反を告発しようとしているのではありません。
 そうではなくて、物流ドライバーが一生懸命働いて稼ごうとしても、その利益はすべて「頭」に吸い上げられる社会的な構造があると指摘したいのです。
 ドライバーの皆さんなら気がついているように、「頭」の構成員である荷主はどこまでも流通経費を削減しようとしているし、「胴体」の構成員として「頭」に従属している物流事業者は、その圧力に抗うことは出来ない、という構造が抗いがたいからであり、それはブローデルが指摘したように、資本主義経済が市場経済のルールを自分に都合が良いように改変できるからです。
 そのような状況の中では、一生懸命働けば働くほど、なぁ~~だ、やれば出来るじゃないの、過労死?ちがうでしょ、単なる居眠り運転でしょ?的な状況に追い込まれていって、ドライバー全体が自らの手で自らの首を絞めるような事態に突き進んでいくことになります。(注3)

(注1)銀行が経済全体の中で大きな力を持っている現状は、「金融」そのものから利益が上がっていることの明らかな証拠です。だとすると、むしろ物流そのものからに経費を割くのではなく、むしろ「金融」のように、利益を上げたいと「資本主義経済」が夢見るのは当然といえるでしょう。
(注2)産業別の労働時間や賃金水準については政府統計があります。しかし、これら統計アンケートに回答しているのは使用者側であり、労働者の実態を反映しているかどうか、特に、中小事業者の多い物流業については疑問を抱いています。
(注3)余談ですが、公務の世界では年間の予算や人員の削減を一度、受け入れてしまうと、その後は元の水準には戻りません。なぜなら、少ない予算や人員でも業務を遂行しなければなりませんので、組織は必死に目標達成を実現しますが、その結果は、削減した水準でも成果には影響のないことが証明されたとして、さらなる削減が待っている、ということになります。そしてやがて、職場では超過勤務やメンタル疾患が増加して機能低下が低下し、目標達成が難しくなりますが、査定当局は今度は目標管理手法の改善を求めるという調子で、働けば働くほど、職場は追い詰められていくのです。

"頭を冷まして「頭」を冷やす Part2 資本主義経済と物流" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント