シド・ヴィシャス「マイ・ウェイ」とヒットラー

 標記の曲については、歌い手の自己破滅的な生き様と対称的な名演として語られることが多いし、私もそのように聴いてきました。

 しかし、ドラムとベースをじっくり聞くと素朴な疑問が浮かび上がるのです。
 この曲を聴く限り、どちらも高校生が楽器に触って数ヶ月で可能になるような、単純な演奏しかしていません。
 だから、ひょっとすると、ヴィシャスが知り合いに声をかけて、パンク的に弾いてくれと指示したのではないか。
 実は、彼らはもっと豊かなリズムワークやフレージングが出来たのに、ひょっとすると4ビートジャズが出来るような手練れの音楽家だったのかもしてないし、何年かたてばそのくらいの水準に、普通なら成長する人たちだったはずなのにヴィシャスのカリスマに従ってパンク的な演奏をしたのではないか。

 しかし、そのようなプレイヤーに成長する可能性のある音楽家を集めてきて、あえて表題のような演奏をさせたのなら、ヴィシャスは優れた芸術家であるよりも、むしろヒットラーに比定すべき役割を演じたということではないか。

 皆さんのご批判を承りたいと思います。

 

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