「分らない話」の話~あるいは、「矛盾」について



1 ホントにあった「分らない話」

 先日、教会の集会なかで、ある姉妹が神さまの恵みについて証をなさいました。
 彼女は、ご自分の貧しい生い立ちや、教会との出会い、現在、取り組んでいるご奉仕について一生懸命にお話しされ、私たちも熱心に耳を傾けました。
 しかし、彼女が何を言いたいのか、実はよく分りませんでした。
 この姉妹は決して、愚かな女性ではありません。
 家庭の主婦として子育てをしながら精神保健福祉士の資格取得を目指している努力家の、聡明な女性です。
 なのに、何を言っているのか分らないということは、一体、なにが起こっていたのか。

 そこで思い出したのがJ.ロールズです。
 ハーヴァードの名誉教授までなった方ですから、世界屈指の聡明な頭脳の持ち主と言うべきでしょうが、しかし、彼の書いたものは非常に分りにくい。
 私が読んだのは晩年に病と戦いながら執筆された「公正としての正義 再説」ですが、形容詞や句の修飾先が分りにくいなどなど、読み進めるのに非常に難儀する本で、なんとか読了はしたもののちゃんと理解したとはとても思えません。
 もちろん私の頭が悪いのが最大の原因でしょうが、訳者の後書きに著者が闘病中という事もあって原文が非常に分りにくいものであり、それをあえてそのまま翻訳したと述べてあったり、Wikiで彼の有名な「正義の2原則」の原文などを読むにつけて、頭の良すぎる人の話も、分りにくいものだなぁ、と妙に感心したのでした。

2 なぜ分らない話になるか

 ロールズのような碩学については何も言えませんが、冒頭の姉妹については、現にそのお話を聞いたことでもあり、少しは言えることがあるように思います。

 彼女が伝えたかったことは主の恵みです。
 彼女はそれを証するために手を上げて、発言を始めたのです。
 しかし、恵みの受け皿たる彼女自身の生い立ちや、また、教会との最初の出会いは、むしろ恵みからは遠い記憶だったようです。
 どうやら今日の彼女に与えられている恵みの存在と、過去におけるその不在という、いわば矛盾した事実をどう関連させてお話しすれば良いのか、まして、そこには彼女の様々な感情も複雑に渦巻いていたはずなので、そうしたことごとが心の中に次々に湧き上がった結果、とても分りにくいお話になったのだと思います。

 実は、ロールズについても、哲学者として世界の矛盾に誠実真剣に向き合う営みにおいては彼女と同じような事情があったのではないかと思います。

 もし、誰かが誠実であろうとすればするほど、矛盾から目をそらすことはできないでしょうし、矛盾を凝視すればするほど、誰にでも分るような、整合的な話をすることは難しくなるのではないか、ということをこの二人は教えてくれたのです。

3 福音書という「分らない話」

 そこで思い出したのが、フランク・カーモードの本にあった指摘で、それはマルコ10:12とマタイ13:13が正反対のことをイエスの口から聞き取っている、というものです。

 すなわち、マルコでは、内部の人、つまり弟子たちには真理を教えるが、外部の人たちには教えない、そのことが譬えの目的だとイエスが述べたと伝えている一方、マタイでは、外部の人たちに弟子たちに話すように話しても分らないから、彼らの理解を図ることが譬えの目的である、と述べたと伝えています。

 なぜ、このような矛盾した記録が福音書というテキストにとどめられることになったのか、近代以降の学者たちが整合的な説明を追求してきました。

 しかし、私はあえて問いたいのですが、なぜ矛盾を矛盾のまま聞こうとしないのでしょうか。
 その矛盾の向こうから聞こえてくるイエス様の「分らない話」に聞こうとしないのでしょか。
 そもそも、神のみ言葉が受肉したということ自体が矛盾そのものです。
 もし、あくまでも矛盾を拒否し、整合的な説明を追求するなら、福音の第一歩たる受肉の恩寵という矛盾そのものを否定せざるを得ないでしょう。
 冒頭の姉妹やロールズの入り組んだ話を、矛盾に満ちていて「分らない話」だからといって切り捨てる者は、矛盾を拒否することによって、この世の悪に目をつむる者、自らの罪を否認する者となるでしょう。
 矛盾は矛盾として現に存在するのであり、その矛盾=悪を抱えたまま、毎主日の説教と讃美によってみ言葉を分かち与えられ、世にあって生きて働く神の言葉としていただくこと、それが信仰の実践ではないか、と気づかされたのでした。

秘義の発生―物語の解釈をめぐって (松柏社叢書・言語科学の冒険)
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