H.L.A.ハート「法の概念」を読みました


 公務員として長年、法律のおかげでメシを食ってきたのに、恥ずかしながら法律について正面から学ぶのは初めてで、この本が法哲学というジャンルなんだか、法理学というジャンルなんだかもよく分からない自分です。
 ことほどさように浅学の徒ゆえ、幾度も心挫けそうになりながら*1、また、理解できない部分も多々ありながらも、大変、興味深い説明がたくさんあったこの本を図書館に返す前に、自分にとって大事な梗概だけでも書き残しておきたいと思って、このメモを書き始めています。

 ハートは、本書の巻頭で法についての社会学的記述を試みると述べたうえで、法と社会の関係についての観察を述べながら、「法」の姿を描き出すための視点を次々と述べていきます。

 まず、ハートは、今日、世界の国々が持っている「法」は、禁止や命令を規定する一次ルールと、その改廃や裁判や刑罰の執行を定めた二次ルールから構成されている、と述べています(P140~)。
 そして、小規模で変化の少ない社会ならば一次ルールだけで安定的に社会を維持することも可能だろうとした上で、ある程度の規模に達し、変化に効率的に対応する必要のある社会には二次ルールが必要になるはずであり、その意味では、一次ルールと二次ルールを兼ね備えた「法」は「必需品ではなく、贅沢品」(p361)と述べています。
 また、社会の構成員が法を遵守し、服従するのは、懲罰への恐怖や人々と同じ行動をしようとする同調圧力のような外的側面だけではなく、ルールを受容し、従おうとする内的側面があるからと述べています(p105)。
 「法」が社会の中でどのように機能するのかについて、上のような基本的な理解をもとに、ハートは本書の10章のうち7章をさいて、詳細に検討記述しています。

 その上で、ハートは8章と9章の2章をさいて、法と正義と道徳の関係について考察し、それらは互いに多くの部分で重なり合ってはいるものの、相互に必然的な関係は認められない、また、人間の理性に基盤を有する永遠普遍の「自然法」という考えを否定します。
 つまり、法は一次ルールであれ二次ルールであれ、その社会が作り出した「社会的構成物」であるし、多くのルールには誕生から成熟、そして死滅という歴史がある、と述べています。
 その上で、最後の10章で国際法について言及し、国際法が二次ルールを持たないからといって「法」ではないとする考え方を否定し、国際社会の「必需品」としての「法」の機能を述べています。

 以上のような「法」の理解は私たちキリスト者をどのような認識に導くでしょうか。思いつくことはたくさんありますが、あえて一つあげれば以下のようなことです。

 なるほど、聖書の側から社会を見る視点に立つなら、聖書の示す神の正義に法が従うのは当然であり、もし正義に従っていないなら、それはキリスト者の努力不足と写るに違いありません。しかし、社会の側から見ると聖書はあまたある書物の一つに過ぎないのです。
 だから、社会問題について聖書を根拠に発言するためには、「法」がその根拠を正義に有すること、しかも、イスラム教や仏教の正義ではなくキリスト教の正義にこのその根拠があることを、教会の内外の多くの人に説明することが前提となるはずです。
 もし、その説明ができなければ、それでは「折伏」と同じであり、他人を裁くことになるでしょう。
 だから、この社会の中で、様々な立場の人々とかかわりながら福音を宣べ伝えていくためには、聖書とキリスト教の視点だけではなく、社会と「法」の視点をも兼ね備えていることが必要なはずなのに、我が国の多くのキリスト者や神学者*2が前者の視点しか持ち得ないことが、今日の様々な問題を生み出している、というのが現時点の僕の認識です。

 こうした認識を支えてくれたという意味で本書はとても刺激的な書物でした。

 この記事を書いた人:伊藤 慎吾 


*1 本書はレスリー・グリーンによる解説が巻末に掲載されていますが、僕のような初学者はこの部分から読めば良かったと反省しております。ご参考までに付言します。

*2 僕は、海外に比べて日本は研究者が自分で作った垣根の中に閉じこる傾向が強いという印象を抱いています。とりわけ、神学は研究者そのものが少数であることや教派に分断されやすいことから、そうした傾向が強いように思えます。



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