死んでも派遣で働くな 6(労働者のための派遣法ができない理由)


 以下の文章はA.センがインドにおける健康保険の制度設計について述べたものですが、日本における派遣法の歩みをあまりにも的確に言い表しているので、少し長いのですが、引用させていただきます。

不可逆性にかかわる問題 最後に、民間の健康保険に依存する枠組みには、一方通行の道のように、事実上は後戻りできなくなる恐れがある。というのも、健康保険業界は強力なロビー団体へと姿を変え、保険政策に関して絶大な影響力を握ることが容易にできてしまうため、民間の健康保険に依存する枠組みが効果的なものではないとわかった場合でも、そうした枠組みから抜け出すことは非常に難しくなる。」アマルティア・セン著「開発なき成長の限界 現代インドの貧困・格差・社会的分断」P234*

 派遣法は昭和60(1985)年に制定、翌年施行されてから、繰り返し規制緩和が行われてきました。
 その間に規制を強化する改正は民主党政権時代の平成24年改正だけで、しかも、政権が自民党に戻った直後の27年改正によって、その規制の多くが空文化しました。
 派遣法がそのような歩みを辿った理由を、上の引用は的確に指摘しており、ほとんど感動を覚えるほどです。
 しかも、労働者派遣法に関するロビー活動は、上記引用のような一業界団体が単独で行うものではなく、派遣元と派遣先がタッグを組んで行うのですから、一層、不可逆的になるということなのです。
 この両者に対抗できるのは労働組合だけなのですが、彼らは、広範な問題に対応しなければならない上に、何よりも派遣労働者を組織できていないのですから、全く期待できません。

 平成27年の派遣法改正の際には労働政策審議会における検討の段階から国会審議に至るまで、人材派遣協会や大手派遣会社、派遣先の団体などが足繁く厚生労働省の担当部課長を訪れて様々な要請や申し入れを行っていました。
 もちろん、その際にかつて江副氏が携えたようなビーフジャーキーや未公開株式を持ち込んだわけではないでしょうが、厚労省幹部が慇懃に彼らに対応したのは、ある意味、公務員としては当然のことでした。

 しかし、派遣労働者が厚労省に窮状を訴えるようとしても、地方労働局を案内するだけであり、地方労働局に相談や苦情を寄せても、厚労省は政策立案にあたって地方局の意見を一切、聞こうとしません。
 制度的には、国民の声は国会議員の先生方が代弁してくださるのですから、それも間違った対応ではありませんし、仮に厚労省が事務方として積極的に国民の声に耳を傾け、政権幹部に提案したところで聞かれないでしょう。
 現に、27年の法改正の際にも、また、昨年の基準法等の改正の際にも国会で時間をかけた論戦がなされたものの、結果的には強行採決が行われて、労働者の声は政策に反映されませんでした。
 
 A.センは上記の本の中で、インドの行政機関の説明責任の不足を諸悪の根源として指摘し、それが汚職の温床になっていると述べていますが、日本においても、国民の声が国政に届きにくい現状の中で、政府や政権幹部が説明責任を忌避する傾向が強くなっており、森友加計問題はそのことを示しているのでしょう。
 そしてそのような中で、労働者派遣法のような典型的に不可逆性な政策が進められているのですから、この先、派遣労働者の環境が改善されることは、絶対にありえないのであり、だからこそ、死んでも派遣で働くな、と言いたいのです。

*湊一樹訳、2015年12月明石書店から刊行、原題は”An Uncertain Glory India and its contradictions”、訳者は日本貿易振興機構研究員。




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