産業革命とIT革命の連続性


 産業革命とは、少品目の品物を大量、かつ低コストで作り出すことが可能になったという社会的な出来事を表す言葉です。
 しかし、大量の品物を売り捌く当てがあって蒸気機関などを備えた大規模な工場を建設したのでしょうか。
おそらく、大量生産することで低コスト=低価格の商品を供給し、大幅な利益を上げることができると考えたお金持ちたちが工場建設と大量生産に手を染めたということだと思います。
 もちろん、まもなく市場が飽和して大量の在庫を抱えることになってしまった結果、産業革命に発端する資本主義経済の本質的な課題が消費の確保と喚起にあることが明らかになりました。

 では、IT革命と産業革命の違いは何でしょうか。
 IT革命は、大量生産の物づくりでは絶対に実現できないような多様なコンテンツを低コストで作り出すことを可能とした社会的な出来事でした。
 3次元的な「物」から2次元的な「情報」へという見た目の違いはあるものの、いずれも商品として市場取引の対象になる「製品」「商品」という意味では、本質的な変化ではありません。
 また、低コストという点においても両者は共通しています。
 だから、IT革命と産業革命の違いは、工場で生産していては絶対に実現しないことに多様な製品を低コストで作り出すことが可能になった点にあると考えるべきでしょう。

 実は、この二つの革命の間を架橋するような社会現象が、僕の若い頃にありました。
 それは「ガジェット」のブームです。

 今、ネットでガジェットという言葉の意味を調べると、少し違った説明がされていますが、僕の若い頃の意味は、オモチャに近い、子供だましの若者向けの工業製品、というようなニュアンスでした。

 その代表例は、ソニーのウォークマンという小型のカセットテープのプレイヤーでした。

 従来の本格的なプレイヤーに比べると機能は限られているけれど、小型で持ち運びやすいと若者の間で大ヒットし、かく言う僕もバイト代をやりくりして購入したものでした。
 その後、特定の機能に絞り込んだ製品や、これって何に使うの?という機能を追加した製品、ひたすらデザインの美しさを追求した製品などが様々な分野で溢れて、ガジェットのブームがやってきた、と新聞などでは書き立てられたものでした。

 このことは、植民地を拡大して消費者を確保して大量の製品を売りさばいたり、所得増加分を当て込んで三種の神器などと売り込むことで消費を喚起したりすることが限界に達した資本主義の苦渋の選択だったのです。

 いうまでもなく、少品目を大量に生産する生産する場合に比べると、少量多品種生産の方が利益率が低いの当然であり、大田区や墨田区の町工場が次々の姿を消したのは、ちょうどこの頃からでした。

 そして、その延長上にIT革命があると言うことは、世界的に利益率、あるいは生産性低下が生じていると言うことです。

 そのような中でもGAFAなどの企業が周辺技術を持っている会社を吸収しながら寡占状態を生み出したり、一部の高額所得者や多国籍企業がタックスヘイブンなどを利用して所得隠しを続けるなら、貧富の格差の拡大は避けられません。

 産業革命からIT革命へと不連続があるに見えますが、実は連続していて、かつ縮小しつつあると言うことを多くの人が気づいて欲しいと思います。


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