東京神学大学に文句を言うための手持ち原稿

 東京神学大学の後援会担当をするように先生に言われて、献金を集める程度のささやかご奉仕をしています。

 年に1回、後援会の集まりに行くと、生徒が集まらないというお話と献金をお願いするお話が毎年の主たる話題です。

 もちろん、献金をささげるのは当然のことなので、謹んでお話を伺いますが、生徒が集まらない、という件は、最近、疑問を感ずるようになってきました。

 生徒が集まらないのは、東神大自らの努力が足りないのではないか、と思うようになったからです。

 それは東神大が、神学がどんな学問なのか、どんな魅力を持っているのかを積極的に発信していない、という不満を覚えるようになってきたからです。

 コンテンツの問題、つまり神学をどう魅力的にするか、ということについて、愚考するところもありつつ、それは先生方が考えるべき問題であって、門外漢が嘴を入れるべき領域ではないので、あえて申し上げません。

 しかし、メディアの問題については大いに不平を鳴らしたいと思うのです。

 例えば私の出身大学の名前の後に「紀要」という言葉を添えてネット検索すると、先生方の論文をPDFで閲覧できるようになっています。

 また、女性問題について研究実績が蓄積されているお茶の水女子大学について同じように検索すると、これも大量のPDFが閲覧できます。

 そこで、西のライバル?関西学院大学の神学部を探してみると、各部自身からはリンクがないのですが、大学全体のサイトを経由すると神学部の先生方の論文も見ることができます。

 しかるに、東神大はどうかというと、何千円もする高額な書物、高校生には到底、手の届かないような書物の目次を掲載しているだけです。

 今現在、進路を模索している高校生にとって、また、その親御さんにとって、こうしたネット上の情報提供はとても重要だと思いますが、この現状では生徒が集まらないのは当たり前、と言わざるを得ません。

 また、関連して言うと、たとえば「啓示 キリスト教」とか「購い キリスト教」などの言葉で検索しても、教職や信徒のブログやものみの塔のサイトは拾ってきますが、東神大のサイトにはたどり着きません。

 教会につながっているわずかな数の高校生が、教会で聞いた話を反芻しようとしてせっかく、ネット検索しても東神大にはつながらない、という現状を東神大は深刻に受け止めるべきではないでしょうか。

 さらにメディアについていうなら、東神大には他の大学にはない、強力なPRネットワーク、つまり、全国に点在する教団の教会や伝道所があるのに、これを有効活用しているとはとても思えない。

 例えば、私の教会にも学報を送って貰っています。

 今年から青年のみんなに学報を週報ボックするに配布する奉仕をお願いしていますが、学報の中身を見ると、到底、青年が手に取って読みたいと思うような内容ではありません。

 まして、高校生が手に取って、読みたいと思うでしょうか。

 高校生向けのわかりやすい、親しみやすい神学入門パンフを作って、教会や伝道所の玄関先において貰うだけで、強力なPR効果があるはずです。

 また、教会、伝道所の伝道の働きを支える効果も期待できるでしょう。

 簡単なパンフを作って東神大の高校生向けのサイトに誘導するというやり方もあると思います。

 そういうパンフやサイトを作ることが難しい、という抗弁は許されません。

 なぜなら伝道者を育てることを神さまから与えられた使命であると自負している先生方なのですから、みずからそういう印刷物やサイトを作ってみせることなど、朝飯前でなければ困ってしまいます。

 まして、70歳代で献身する方もいらっしゃいますよ、と60歳代の信徒に語りかけるなど、本末転倒、言語道断、ちゃんと高校生の方を向いた学生募集に真剣に取り組んでいない証拠です。

 来年の6月にまた、東神大後援会の集まりがあると思いますが、その時にはこういう文句を言わずにすむようになっていることを願わざるを得ません。



 

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック