死んでも派遣で働くな! その2(「モノ」扱い編)

 昨年10月にこのテーマで記事を書いたときは、自らわざわざピンハネされる必要はないだろう、ということを書きました。

 今日は、少し違う視点から書いてみたいと思います。

 なぜ、派遣で働くべきではないか、それはあなたが人間ではなく、「モノ」としてあつかわれてしまうからです。

 20世紀のフランスの歴史学者ブローですは、ある社会が市場経済に飲み込まれると、人々は「みずからの労働が商品となり、自分自身が《物》となった」と述べています。(*)

 そして、今日の先進諸国においては、まさしく人々は人間でありながらも、社会的には「労働」という「商品」、つまり「モノ」と位置づけられています。

 もちろん、そうした市場経済と資本主義の圧力に押しつぶされないように、労働組合や宗教団体などが様々な戦いを積み重ねて、労働者保護や社会福祉の様々な制度を生み出し、支えているのです。

 しかし、そのことは労働者自身が無自覚であれば、マンマと人間扱いからモノ扱いに陥れられるということです。

 その典型が派遣労働者である、ということです。

 派遣労働者を送り出す派遣元の会社も、派遣先の会社も派遣労働「者」と言いながら、時間あたり幾らで借りてくる単なる労働力マシーンとしてしか見ていません。

 派遣先の会社がなぜ派遣労働者を使いたがるか、わかりますか?

 様々な原材料と同様に、消費税を仕入れ先に払っているので、派遣先の会社が支払う消費税から、仕入れにかかる分を控除してもらえるからで、派遣会社に支払う派遣料金も、消費税の控除対象になるからです。

 別にあなたの人柄や能力が魅力なわけではないのです。お手頃価格で税金対策になるからなんです。しかも、単なる「モノ」ですので、いらなくなれば、いつでも返品返却できるのです。

 一人前の大人に向かって、なんて失礼な話でしょうか。

 だから、死んでも派遣で働くな!と申し上げているのです。


*もう少し長く引用すると以下の通りです。

「物資文明・経済・資本主義 15-18世紀 Ⅰ-2」 F.ブローデル著(全6巻のうち第2巻 P146)

「貨幣がなにをもたらしたかと言えば、生活必需品の価格の唐突な変動とか、人間を取り巻くさまざまの不可解な関係とかである。すなわち人間は、それらの関係に巻き込まれるやいなや、以前からの自分自身も、自分の習慣も、自分にとっての従来の価値も、そのときにはもうわからなくなってしまった。そこでは、みずからの労働が商品となり、自分自身が《物》となったからである。」


「物資文明・経済・資本主義 15-18世紀 Ⅰ-2」 F.ブローデル著


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