組織のリーダーが信仰を持つべき3つの理由

理由の一つ目。リーダーの最大の仕事は判断することにあります。過去の事例や経験・知識を通して判断できるようなことなら、リーダーまで上がってきたりはしません。場合によってはリーダーと仲間全員の安全に関わるので、だれも責任を取りたくない、という場合もあるかもしれません。だから常に難しい、かつ、待ったなしの瀬戸際の判断を迫られます。しかし、リーダーは何を基準に判断すればよいでしょうか。自己の組織の利害得失でしょうか、社会に対する貢献度でしょうか、世間の評判でしょうか、考えれば考えるほど悩ましい思いでいっぱいになりますが、最後は何が正しいことか、という基準に逢着せざるを得ないでしょう。でも、何が正しいことか、誰が教えてくれるでしょうか。それはイエス様であり、聖書であり、祈りであり、信仰でしかありえないでしょう。だから、リーダーは信仰を持つべきなのです。

 理由の二つ目。リーダーの仕事は忍耐を伴います。まず、正しい判断を実行に移すためには、組織にそのことを理解させる必要があります。リーダーの多くは自分の指示が組織に浸透しないことに苛立ちがちですが、それが正しい判断であればあるほど、組織に徹底させることは難しいということは、多くのリーダーが経験している筈です。その結果、自分が正しいと判断したことは間違いだったろうかと自信喪失におちいったり、逆ギレして部下を一方的に叱責したりする末期症状に入ってしまいがちです。しかし、正しいことは絶対に敗北や失敗に終わることはありません。私たちにはイエス様の復活によって、そのことが示されています。だから、リーダーは信仰を持つべきなのです。

 理由の三つ目。リーダーとしての経験のある人なら、組織から強い責任と成果を求められる一方で、必要な裁量や資源が少ない中で奮闘しなければならない矛盾に絶えず苦しんでいるでしょう。しかし、それが自分のためではなく、また、自分の組織のためでもなく、もっと大きな価値の実現に奉仕すると信じられるからその矛盾に耐えることができるし、まさに活路が開かれた経験をなさっているはずです。私たちがその矛盾に耐えて、リーダーとして働くための力は、この世で最も大きな矛盾と価値そのものであるイエス様からのみ与えられますし、また、出処進退を教え、私たちに次なる道を開いてくださるのも、イエス様でしかありえません。だから、リーダーは信仰を持つべきなのです。

 私たちの教会には、現在、求道中の現役世代の方々がたくさんいらっしゃいます。その方々の多くは、組織の中で、大きな責任を担うリーダーとして活躍しておられる方々です。その方々が、一日も早く信仰を告白され、リーダーとしての働きと重荷を信仰によって支えられる喜びを分かち合う日が訪れることを願って所信を述べました。ともに主にあらんことを祈ります。



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